初体験 ~ セブルス

組み分け帽子に案の定スリザリン寮に入れられたセブルスは、それを予てより願っていたにも拘らず、母方の家系を思えば当然の事と知りつつも、一瞬リリーの入ったグリフィンドール寮に入りたいと思わずにはいられなかった。

手を叩いて迎えてくれるスリザリンのテーブルへトボトボと歩いて行くと、ブロンドの長い髪の青年が席を詰めてくれたので、無言にその隣に腰掛けた。するとポンポン、と軽く背中を叩かれた。

「良かったな、栄えあるスリザリンに入る事ができて!」

見上げると青年が優しく微笑んでいた。胸元には監督生のバッヂを付けていた。

「ありがとうございます。」

やや暗い顔でセブルスが言うと、青年は訝し気に首を傾げて覗き込んだ。

「嬉しくはないのか?」

「いっ・いえ、そんな事は…!母も、スリザリンだったので…。」

「そうか。では予想通りだったのだな。」

「はい。」

そう、予想はしていた。期待外れだったのは、リリーがスリザリンと犬猿の仲のグリフィンドールに入ってしまった事だけ。これからの学校生活、二人で楽しく過ごす事を夢見ていたセブルスは、独り取り残された気がした。

校長の簡単な挨拶が終わると、セブルスが見た事も無いような御馳走がテーブルに現れた。どのテーブルでも子供達が大喜びで食べ始め、笑い声と弾む会話で大聖堂は賑わった。比較的静かなのは教授達のテーブルと、セブルスのいるスリザリンのテーブルの先頭だけだった。セブルスにはその静寂が、隣で優雅に食事をしながら他のスリザリン生と話している青年の影響だと分かった。彼はまるでその場を仕切っているようで、品格のある口調で新入生一人一人を歓迎していた。そして他の生徒も彼に対して敬意を示していた。

"きっと純血の、立派な家の人なんだろう。"

目の前にある料理から少しずつ取って食べながら、セブルスはついつい彼の手の動きを目で追っていた。言葉と同様、滑らかな仕草はその場を学校の食堂とは違う、豪華で気品の漂う場所に変えているようだった。セブルスにとっては、全くの異空間。

"これが純血とマグルの差か…。"

自分の父を思い出しながら、セブルスは妙に納得した。マグルの父は、母の魔力を嫌い、同じように魔力を持って生まれた自分も嫌っていたが、金さえあれば酒を飲んで暴れ散らしていた。そんな父親のようには絶対になるまいと、幼い頃からセブルスは心の中で幾度も誓ってきた。

隣の監督生を見ていると、そんな暗い生い立ちを早く脱ぎ去りたいと、セブルスは切実に願った。

ふと、チロチロと自分を見ている視線に気付いてか、監督生がまた微笑んで声を掛けてきた。

「今日のロースト・ビーフは悪くない。君も少し食べなさい。」

セブルスの皿に勝手に一切れ載せた。次にマッシュ・ポテトも一さじ載せられ、双方にソースまでかけた。

「明日からはスリザリン生として恥ずかしくないよう、頑張らねばならん。体力も付けておかなければ、な。」

「は・はい!」

戒めのような重みのある言葉に、慌ててセブルスは答え、牛肉にフォークを伸ばした。しかし大きな塊から一枚スライスした物だったので、ナイフで切らなければ食べられない。スネイプ家では、ナイフを使うような料理は出た事が無かった。チラッと隣の彼の手元を見て、真似るようにナイフを右手に取り、フォークを左手に持ち直して切ろうとしたが、中々上手く行かない。

「あぁ、君にはまだテーブルが高過ぎるか。貸しなさい。」

苦戦している様子に気付いて、彼がセブルスの手の上に自分のを添えた。本来『貸しなさい』と言われれば手を放して渡すものではあるが、驚いたセブルスは硬直したようにナイフとフォークを握っていた。微かに苦笑して青年はセブルスの手も一緒に包み込むように持ち、テキパキと肉を一口サイズに切ってやった。

「あ・ありがとうございます。」

じっと自分を見詰めるセブルスに、彼はクスッと笑った。

「どう致しまして。」

改まってそう答える青年は同性の目から見てもハンサムで、とても精悍で、セブルスは笑われた事に恥らって頬を赤く染めた。それを何気無く横目で見ながら、監督生は内心また笑っていた。

"結構可愛いじゃないか!素直そうだし、右も左も分からないようだから、ここは私が手取り足取り教えてやるのも良いかも知れんな。色々と…。"

熱くなった顔を隠す為、少し俯いて黙々と食べているセブルスの横顔を見て、青年は決断した。

「私の名はルシウス・マルフォイ。君は?」

「セブルス・スネイプです。」

「母親もスリザリンだと言ったな。名前は何と言うのだ?スリザリンなら知ってるかもしれん。」

「アイリーン・プリンスです。」

「あぁ、プリンス家なら、由緒ある純血の一族だ!良く知っている。」

「本当ですか?!」

パッと嬉しそうにルシウスを見上げたセブルスに、彼は頷いた。

「あぁ。結婚して姓が変わってしまったのは残念だな。『プリンス』なら純血だとすぐに分かるのに。」

「あ・あの、でも…」

急にセブルスはまた俯いてしまった。

「僕は、その…父が…」

「どうした?」

覗き込んだルシウスを恐る恐る見上げると、その青い目が優しそうに微笑んでいたので、セブルスは思い切って告白した。

「父は、マグルなんです。」

ハッと一瞬、ルシウスの顔が引き攣った。セブルスもそれを見逃さなかった。

"やっぱり、良い家柄の人は、付き合ってくれないんだ…。"

母に覚悟はしておくようにと、ホグワーツへの入学通知が来た時から言われていた。ガッカリするなと自分に言い聞かせたが、リリーと別々になってしまった直後にまた拒絶されるのは、セブルスの小さな胸に深い傷跡を抉るようなものだった。

"参ったな…半純血か。可愛いのに、勿体無い。"

フォークを皿に落としたまま完全に項垂れてしまったセブルスを前に、ルシウスは暫らく考えた。

"ペットにするには、純血が好ましいが…よりによってマグルとは!…プリンス家なら文句は無いのだが…もっとも、籍を入れる訳で無し、不都合があればいつでも断ち切る事はできる。それに、半純血と言う引け目がある分、従順に言う事を聞くかも知れない…。"

無意識にルシウスは溜息を零し、また大きく息を吸った。先ほど決めた事を、やはり実行する決意ができた。

「セブルス、と言ったな。確かに残念な事ではあるが、人が君をどう評価するかは、君の努力次第だと思う。これから七年間、一生懸命勉学に励めば、プリンス家の名に恥じない立派なウィザードになれるかも知れん。それを目指して頑張ると言うのなら、私も出来得る限り力を貸そう。」

前より幾分か厳しい眼差しではあったが、自分を真っ直ぐ見詰めてそう言い切ったルシウスに、セブルスは返す言葉も見付からなかった。ただその瞳は、ルシウスのを捉えて放さなかった。まだ開心術の訓練は何も受けていなかったが、セブルスは全身全霊で『本気で言ってるんだろうか?』と、彼の目の奥から真実を読み取ろうとしていた。

"何という目だ!"

その視線の強さ、鋭さに、ルシウスは驚いたが、ひるむ事無く、目を逸らさなかった。

"信じられないのも無理はない、か…。疑うなら良く見るがいい!私もそれなりの覚悟で付き合おう。"

強く見詰め返してくるルシウスに、セブルスは彼の言葉が偽りでは無いと、本能的に確信した。そして緊張や不安に強張っていた身体が目に見えて安堵した。

安心すると同時に、セブルスは慌てて目を逸らした。

「あっ・あの、ありがとうございます!」

青白い頬を真っ赤に染め、伏せた目でルシウスのローブを見詰め、「一生懸命頑張ります!」と誓った。

それに対して、ルシウスはどこか嬉しそうに答えた。

「フム。そうしてくれたまえ。」

*****

夏休みの間、毎日届く女生徒からのフクロウ便に、ルシウスはいい加減嫌気が差していた。決して女子は嫌いではないが、ちょっと気に掛けてやったくらいで自分の心を捕らえたとでも思い込み、しきりにデートに誘ってくるだけでなく、『いつご両親に会わせて下さるの?』と訊いてくる娘も出始めた。手広く付き合っていたので、そんな妄想に舞い上がっていた女子は軽く十人はいた。それらを一々宥め賺して、機嫌を取ったり、煽てたりするのにもウンザリしていた。

無論どれもセックス目当ての付き合いだったので、あまり面倒になれば割に合わないと判断し、分かれてきた。そしてこの年齢になるとそろそろ結婚を意識した女子が、わざと避妊を怠って子供を盾に結婚に持ち込もうとするかも知れない。そんな事もあってルシウスは今学年から本格的に男子に付き合いを絞ろうかと考えていた矢先であった。

黒髪の、大人しくて控え目のセブルスがスリザリンに振り分けられて来た。身体はかなり細いが、ホグワーツで毎日好きなだけ食べていれば肉付きも良くなるであろう。服は古着を何とか魔法で取り繕っていたが、それもルシウスの古着を漁ればよっぽどマシな物が出てくる。服だけではなく、恩も着せられると言うもの。

そして何より、セブルスは優しくされる事に不慣れであった。それは他人の心の弱みを見付けて利用する事が巧みなルシウスには、食卓でのやり取りだけですぐに分かった。セブルスに少しでも優しくしてやれば、彼が迷わず自分を信頼し、慕って止まなくなる事を、ルシウスは獲物の臭いを嗅ぎ付ける鮫のように聡く探り当てていた。