Broken

By:Satashi

Translated By: Female Trouble 

第1話

「ブラックっ!」

 パートナーがビルのてっぺんから宙づりになった光景に、キ

ュア・ホワイトが凍りついた。

 ベルゼイは素早くキュア・ブラックを引っぱり上げ、右手を

掴み取ると一気に持ち上げた。それも、ブラックの片手の人差

し指と中指2本だけを掴んで。

「ブラックを離しなさい!」

 キュア・ホワイトが喉の奥が痛くなるほどに叫んだ。

「プリズムストーンのパワーをどこに隠した?」

 ベルゼイがそう言って、指を握る手に力を加えると、キュア・

ブラックが絶叫した。

「言わないなら、お前の相棒が報いを受けることになる」

 パートナーと目を合わせたキュア・ホワイトは、ブラックの

視線が足元の小さな石ころに向かうのを目で追った。悟るもの

があったキュア・ホワイトは、ベルゼイを睨み返した。

「言うもんですか!」

 その言葉に、敵は怒りに燃えて叫んだ。だが、キュア・ブラ

ックが目論んだように手を離すどころか、ベルゼイは逆にその

手をさらに固く握りしめ、捕虜を思いきりキュア・ホワイトに

向けてぶん投げてきたのだった。

 悲鳴をあげるキュア・ブラックを抱きしめる直前、イヤな音

が二つ鳴ったのが聞こえた。

 ベルゼイがさらに攻撃を畳みかけようとした時、ジュナがそ

の前に姿を現し、メッセージを伝えた。

「ベルゼイ、ジャアクキングさまが我々全員にすぐ集まるよう

にとの思し召しだ」

 短いメッセージを残し、青い姿の男は消え去った。

「また相手をしてやるぞ」

 そう喚くと、ベルゼイは後ろに飛び退き、同じように姿を消

した。

「ブラック、大丈夫!?」

 キュア・ホワイトは腕の中で苦悶する少女を抱き上げ、膝の

上に降ろした。キュア・ブラックはやっとパートナーに身を預

けることができた。

「手を見せて」

 だが、栗毛の少女はぶんぶんと首を振るばかりで、まるで激

痛を何とか和らげようとするかのように両足を使って身を寄せ

てくるばかり。

「見せて」

 言葉を繰り返し、キュア・ホワイトはそっと親友の手に重ね、

指を押さえていた手を離させた。キュア・ブラックは息を荒く

して呻き、離した手でキュア・ホワイトの腰を抱き寄せ、ぎゅ

っとしがみついた。

 目にしたものに、キュア・ホワイトは吐きそうになった。パ

ートナーの人差し指と中指が奇妙な方向に曲がっている。指が

完全に脱臼し、骨折している。手を動かしただけでキュア・ブ

ラックは悲鳴をあげ、キュア・ホワイトの膝に顔を押し当てて

息を切らす。

「ブラック、指を固定しなきゃならないわ」

 だがキュア・ブラックは激しく首を横に振って、手を戻して

抑えようとした。その手を握り、キュア・ホワイトは再び言っ

た。

「ブラック、指を固定しなきゃならないの、いい?」

 今度はキュア・ブラックはコクンと頷き、まだ激痛が走ると

ころに固く握っていた手を移してきたのを感じた。

 ゆっくりと、黒髪の少女は曲がった指を一本つかんで、小さ

くひねった。膝の上でパートナーが悲鳴をあげたが、やるべき

ことをやった。

「だいじょうぶだから…だいじょうぶだからね、なぎさ…

 空いている手でキュア・ホワイトはパートナーの髪を撫でて

落ち着かせる。

「もう一回だから、ね」

 再び頷いたキュア・ブラックに、キュア・ホワイトは二回目

の応急処置を行なった。

 またも絶叫したキュア・ブラックだったが、さっきよりは冷

静だった。髪を撫でられ、優しい言葉をかけられていたからだ

った。ゆっくりとゆっくりと、キュア・ブラックはパートナー

の膝から身を起こし、頭をキュア・ホワイトの胸にもたれるよ

うに仰向けになって、顔を見上げた。

「あうう…

 吐いた息が震えている。

「痛いよ…あ、鼻が!」

「気にしないで、私は平気」

 ニッコリ親友に笑いかけたキュア・ホワイトだが、ポタポタ

鼻血が落ちた。

「殴られただけで、折れてはいないわ。でも、なぎさは病院に

連れていかないと」

「ふらふらして歩けそうもない」

「ショック状態ね」

 キュア・ホワイトは親友を抱き寄せ、両腕で抱えた。

「ブラックの頭が混乱しているうちに応急手当をして正解だっ

たわ。でないともっと神経に障ってたかも」

「指が折れちゃった…

 キュア・ブラックが指を見つめながら言った。

「指が折れちゃった…

「きっと治るから、なぎさ」

 キュア・ホワイトがなだめながら、少女を腕で支えて立たせ

た。

「つかまって、病院に連れて行くから」

***

「ラクロスをプレイしていて怪我をしたと?」

 医者がなぎさの手を検診しながら、黒髪の少女に訊いた。

「はい、なぎさが転んで指がラケットのネットに引っかかった

ところに、私がつまずいて。なぎさの上に私が倒れ込んで、私

は鼻を打ち、なぎさは指を…

 ほのかが引きつった笑みをなぎさに向けたが、なぎさは痛み

に麻痺して頭がぼんやりして我関せずのような顔だった。

「なぎさ、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ。こういうことはしょっちゅうあることな

んだ。手にギブスを付けるから、4週間から6週間ですっかり

治るよ」

「もっと短くならないでしょうか?」

 医者がなぎさの指を全部まとめてテーピングし添え木を当て

るのを見ながら、ほのかが頬を掻いた。

「たとえば、怪我をした手を使わないでラクロスをやれますか?」

「治っても指が曲がったままでいいんなら、かまわないが」

 医者はほのかに厳しい顔を見せた。

「そんなことをさせちゃいけないよ、いいかい?」

「わかりました」

「それでいい。さ、今度は君の鼻も診なきゃ」

***

「もうラクロスはダメ?」

 列車の中で、なぎさはほのかの肩に頭をもたれながら、眠そ

うに訊いた。

「トーナメントには出られるよね?」

 気後れしながら、ほのかは親友に何と言ったら一番いいのか

考えていた。今のなぎさにはラクロスをすることはできない、

ということを。

「…手が治るまではプレイしちゃダメだと思うの」

「ラクロスしたいよ」

 なぎさが顔を上げたが、その目の焦点は定まっていない。

「ほのか、やらせてよ」

「無理だわ」

 ほのかが親友を見つめる。

「ちょっとなぎさ、麻酔が効いてるんじゃないの?」

「気持ち悪い」

 栗毛の少女は再び親友の肩に頭をもたれさせ、目を閉じた。

「頭がクラクラする」

「一休みして。すぐに家に着くからね」

「ほのか…

 なぎさは相づちを聞いた。親友はちゃんと自分の声を聞いて

くれている。

「わたしたち、何のために戦ってるんだろう?」

「どういうこと?」

「言った通りだよ」

 目を閉じ、なぎさはほっと息を吐いた。

「平凡な日なんか一日もない。今度はラクロスもできなくなっ

ちゃった。テレビをつけても新聞を見ても、『プリキュア』の

話題が出てない日はない。そんなの、何もいいことなんかない

し、イヤになっちゃう」

「いいことがあればいいの?」

「いや…そうじゃなくて…

 なぎさは深呼吸し、自分の考えをどう言葉にしたらいいか考

えた。

「わたしは、邪魔されたくないだけ。わたしたちの戦いを録画

されることで有名になんかなりたくないし、お金も欲しくない。

とにかく、干渉されたくないの」

「でも、そのおかげで、みんなが応援してくれてるでしょ。そ

れってステキな事じゃない?」

「うん、ほのかの言う通り、みんなが勇気づけてくれなかった

ら、もっと苦しかったと思う。でも、やっぱり…

「あんまり悩まないで、なぎなぎ。時間が解決してくれるから」

「もう一回、呼んで」

「え?」

 なぎさは親友を見上げて、そっと微笑みかけた。

「なぎなぎ、って。ほのかに呼ばれると気持ちいい」

 ほのかは少し赤面するのが自分でもわかった。

「じゃ、お休みなさい、なぎなぎ。すぐに家に着くわよ」

「うん…

***

 なぎさは家に入って、溜息をついた。

「ただいま…

 そう言ってなぎさは靴を脱いだ。居間でテレビを見ている家

族の何かを応援している歓声に、なぎさはふらふらと歩いてい

った。中を見ると、皮肉なことに家族はプリキュアの番組を見

ていたのだった。

「な、何なのこれ?どうなってんの?」

「隠しカメラがプリキュアの戦っているところを撮影してたん

だって!」

 亮太が昂奮したように言った。

「いま始まるとこ!」

 なぎさは嘆息をもらす。

「何でそんなの見てんのよっ」

 振り返った亮太が姉を睨む。

「姉ちゃんには関係ないのに、プリキュアを見て何が悪いんだ

よっ」

「ずっとこんなふうに見られて、向こうの迷惑だって考えなさ

いよっ」

 だが、なぎさの忠告は馬耳東風のまま、戦闘シーンの放映が

始まってしまった。

『ありえない、何の応援もされないどころか、戦っているとこ

ろを撮られていたなんて…』

 なぎさはテレビのリモコンを探して、近寄った。そして手に

とったその時、自分の分身が指をへし折られて悲惨な悲鳴をあ

げる声を聞いてしまった。

『聞いてるだけでムカついてくる…』

 なぎさが電源ボタンを押すと、たちまちテレビを見ていた家

族から不満が漏れた。

「頭冷やしてよ、戦いは終わったでしょ」

「なぎさ、今日はどうしてそんなに不機嫌なの?」

 母親が言った。

「今日に限って不機嫌なわけじゃないもん!」

 そう言い返すと、なぎさは背を向けて出て行ってしまった。

「姉ちゃんは自分がプリキュアじゃないから悔しいんだろ」

 亮太が冷やかした言葉に、少女の足が停まった。

「世界を闇で覆い尽くそうとするジャアクキングなんてのと、

一週間に一回も戦って、叩きのめされる立場になりたいわけな

いじゃないのよ!」

「男の子のためなら、どう?」

 母親が間髪入れず言う。

「チョコのためなら!」

 亮太が割って入る。

「月に代わってお仕置きよ、か」

 締めた父親の言葉に笑いが起こる。

「ぶっちゃけ、ありえないっっ!!」

 なぎさは家族に背を向け、無傷の手を振り回した。

「どんな痛い思いをして戦っても、みんなにとっては、ただの

面白かった、なの?!」

「有名になればいいじゃん!」

 亮太が立ち上がってなぎさの横をすり抜けながら、わざとな

ぎさの脇を突き飛ばした。

 なぎさは悲鳴をあげて、涙を目に浮かべながらポケットから

手を出して抑え込んだ。

「なぎさ、その手はどうしたの?!」

 駆け寄った母親が尋ねる。

「何よ、他人の痛みは楽しみじゃなかったの?」

 家族を睨むなぎさ。

「なぎさがプリキュアのことが好きなのは知ってるわ。そんな

に意固地にならないで。さ、手を見せなさい」

「どうせチョコに目が眩んで転んだりしたんだろ!」

 駆け込んだ部屋の中から亮太が喚いた。

「または、男の子」

 母親が笑いながら言い返す。

 その言葉を聞いた途端、なぎさの無傷の手が軽く疼いた。母

親が横から覗き込み、そっと手をなぎさの頬に当てて、ぺんぺ

んと叩く。

「どうかしてるわよ、なぎさ、ね?」

 新たな涙が湧いてきて、なぎさは叫んだ。

「なによ、男の子やチョコのためにわたしがこんなことしたっ

て言うの?!そんなことのためにわざわざ戦って傷ついたって

思ってるの!?ねえ、そうなの!?」

「なぎさ…

 背を向けてとっとと部屋に向かいながら、なぎさはシャツの

袖で苛立たしげに涙を拭ったが、その時になってやっと家族は

なぎさの手にギブスがはまっていることに気づいた。

 自室の扉をバタンと閉め、なぎさはベッドに倒れ込み、枕に

顔を埋めて泣いた。

「なぎさ、大丈夫かメポ?」

 メップルが真の姿になって、少女の頭を撫でた。

「泣かないでメポ、きっとみんなも悪気はなかったメポ」

 しゃくり上げながら、なぎさはさらに顔を枕に深く埋める。

「メップル、頼むから、今はほっといて…

 少しして、静かなノックの音がした。

「なぎさ、入るわよ?」

 少女は何も返事をしなかったが、母親が鍵をかけたドアノブ

を回すのは聞こえた。

「なぎさ、話をして。手を見せて」

 だが、なぎさは何も言わなかった。

 母親は溜息をついて娘の部屋から立ち去り、台所に向かうと、

夫がちょうど電話を切ったところだった。

「いま、雪城さんに電話をしたよ」

 夫が妻に言った。

「なぎさはラクロスの練習中に怪我をしたそうだ。右手の指が

二本折れたと…

「まあ…

 母親は再び娘の部屋に戻ろうとしたが、父親はその肩をつか

んで引き止めた。

「今は一人にしておいてあげよう。雪城さんの話だと、飲んだ

薬のせいで、今日はずっと気持ちが不安定だそうだから」

「…そうね」

***

 ほのかは机にもたれて、鏡を覗いて見た。ミップルが傍に座

って、少女の顔を見上げる。

「どうかしら?」

 少女は小動物のような生きものに尋ねた。

「もう見分けつかないミポ」

「まだシクシクするんだけど」

 ほのかが溜息をついて、鼻を恐る恐る触る。

「いじっちゃだめミポ、また鼻血が出ちゃうミポ!」

「そうね…

 ほっと息をついて、ほのかは立ち上がると、ミップルを抱き

上げた。

「もう寝ようか、夜も遅いし」

 だが、ビクッと硬直したミップルにほのかは足を停めた。

「メップルがそばにいるミポ!」

 ミップルが嬉しそうに叫ぶ。

「メップルが?」

 ほのかは寝室を出て、庭を見渡した。やがて、なぎさが姿を

現し、うなだれたままゆっくり歩いて来た。

「なぎさ?」

「こんばんは…

 目の前に来てやっと、もごもごと挨拶するなぎさ。

 なぎさのベルトからぴょこんと飛び出したメップルが、恋人

と抱き合うと、二匹は二人だけの語らいのためにどこかに行っ

てしまった。

「今夜、泊まってもいい?」

「いったいどうしたの?」

 ほのかはなぎさの無傷の手をとって、自分の部屋に連れて行

った。

「もう夜の11時なのに、こんな遅くに…?」

「ちょっと、家族とケンカしちゃって…

「ここにいるって御存じなの?」

「メモ置いてきた」

***

 はあっ、とほのかは溜息。

「そんなことがあったなんて…

 ほのかは思ったことをつい口に出し、親友の髪を指で撫でた。

ほのかはベッドに腰掛け、ベッドのヘッドボードに寄りかかる

と、なぎさを横にして頭を膝の上に乗せるようにしていた。

「ご家族も、本気でそんなことを言ったんじゃないわ。なぎさ

が本当にプリキュアじゃないんなら、きっとすぐに部屋に入っ

ちゃっていたと思うし」

「ほのかが昼に言ってたみたいに、みんなの応援がとても力に

なっていた…でも、家族からあんなこと言われたら…

「でも、心配しないで」

 ほのかの手がなぎさの髪にひっかかり、なぎさはちょっと顔

をしかめた。

「時々髪をブラッシングしてね、なぎさ」

「どうせすぐグチャグチャになっちゃうもん」

 栗毛の少女はそう言って親友を見上げる。手を伸ばし、髪を

いじっていたほのかの手をとって、指を絡ませる。

「ほのかの鼻は?」

「ちょっとシクシクするけど、もう痛みは引いたわ。まだ変な

声だけど」

「そうね、なんだか風邪をひいてるみたい」

「大きなお世話」

 二人の少女は互いに笑いあった。やがてほのかがそっと親友

の頭を持ち上げて、自分の隣に横たえた。

「少し眠って。見るからにへとへとよ」

「ひどい一日だったなあ…

 なぎさは半笑いを浮かべる。

「それに、鎮痛剤のせいで眠くて、ヘンな感じがする」

「明日、学校休む?」

「そうしたいけど、早くチームに自分がプレイできないって伝

えないと、作戦が立てられないから」

 ほのかは親友を励ますように微笑みかけた。

「きっとすぐに良くなるわ。だから今は身体を休めてね」

「…ほのか」

「え?」

 キョトンとするほのか。

「なぎなぎ、って、あの調子で呼んでよ」

 ほのかは嬉しそうに笑いかけた。

「わかったわ」

 ほのかは身を屈めて親友の額に口づけした。

「おやすみ、…なぎなぎ」

 なぎさも笑った。

「おやすみ、ほのか」

続く